「…お客様、もう閉店のお時間です」
優しい声に我に返ると、目の前には、この店の店員、ひなさんが立っていた。俺は、彼女に会いたいがために、週に3回はこのセレクトショップに通っている。
「あ、すみません。夢中になっちゃって」
「ふふっ、いつもありがとうございます。何か気になるものでもありましたか?」
彼女が微笑むと、周囲の空気が華やぐ。お洒落で、いつも笑顔を絶やさない彼女は、俺にとってまさに高嶺の花だ。
「実は、来週のデートに着ていく服を探してて…」
思わず、見栄を張って嘘をついてしまった。デートの予定なんて、どこにもない。
「そうなんですね!素敵!どんな方なんですか?」
彼女は目を輝かせて尋ねてくる。その無邪気な質問が、嘘をついた俺の胸に突き刺さる。
「えっと…ひなさんみたいに、お洒落で、笑顔が可愛い人、かな」
半分は本音だった。俺の言葉に、ひなさんは一瞬驚いたように目を見開き、そして、ふっと顔を赤らめた。
「…もう、からかわないでください。…でも、そんな素敵な方とのデートなら、とびっきりの一枚を選ばないとですね」
彼女はそう言うと、俺の手を引いて、店の奥にあるストックルームへと向かった。
「ここ、普通は入れないんですけど、特別です」
薄暗いストックルーム。服の匂いと、ひなさんの甘い香りが混じり合って、妙な雰囲気が漂う。彼女はいくつかの服を俺の胸に当て、「うーん、こっちもいいけど…」と真剣な顔で悩んでいる。その横顔が、あまりにも綺麗で、俺は心臓が張り裂けそうだった。
「…決めた!これなんてどうですか?」
彼女が振り返った、その瞬間だった。狭い通路でバランスを崩した彼女が、俺の胸に倒れ込んできた。
「きゃっ…!」
俺は慌てて彼女の体を支える。腕の中には、驚くほど華奢で、柔らかい彼女の感触。至近距離で目が合う。時間が、止まる。
「あ、ごめ…」
彼女の謝罪の言葉は、俺の唇によって塞がれた。もう、我慢の限界だった。
最初は、ただ唇を押し付けただけだった。しかし、彼女が抵抗しないことに気づくと、俺は大胆になる。ゆっくりと彼女の唇をこじ開け、舌を差し入れた。
「ん…っ!」
ひなさんの肩が、びくりと震える。しかし、拒絶はしない。それどころか、彼女の小さな舌が、おずおずと俺の舌に触れてきた。
それが合図だった。
俺は彼女の腰を強く抱き寄せ、さらに深く舌を絡める。彼女の舌は、驚くほど柔らかく、甘かった。角度を変え、深さを変え、お互いの全てを確かめ合うように、夢中で貪り合う。服に囲まれた小さな空間に、俺たちの生々しいリップ音だけが響き渡る。
どれくらいそうしていただろう。酸欠で頭がクラクラして、ゆっくりと唇を離すと、彼女の瞳は潤み、頬は上気し、呼吸も乱れていた。いつも完璧な彼女の、初めて見る姿だった。
「…さっきの嘘、ばれてますよ」
彼女は、掠れた声でそう囁いた。
「え…」
「デートの相手、いないんでしょ?…でも、もしよかったら…今度の休み、私とその服、着てくれませんか?」
そう言ってはにかむ彼女の顔を見て、俺はもう、何も考えられなくなった。
この日から、閉店後のストックルームは、俺と彼女だけの秘密の場所になったのだ。