放課後の教室。オレンジ色の西日が差し込み、空気中の埃をキラキラと照らしている。いつもは賑やかなこの場所も、今は静寂に包まれていた。聞こえるのは、壁の時計が時を刻む音と、俺の心臓の音だけ。
目の前には、俺の担任、いちか先生。
「…というわけで、ここの問題、もう一回解いてみようか」
先生はそう言って、俺のノートを指差した。その指先は白く、細く、そして驚くほど綺麗だった。昼間の授業中、黒板に向かう背中をぼんやりと眺めている時とは違う。距離が、近すぎる。シャンプーの甘い香りがふわりと鼻をかすめて、頭がクラクラした。
「…聞いてる?」
「あ、はい!聞いてます!」
顔を上げると、先生の大きな瞳がすぐそこにあった。少し呆れたような、でもどこか優しいその眼差しに射抜かれて、俺は言葉に詰まる。まずい、全然集中できない。
「本当に?顔、赤いよ。もしかして熱でもあるの?」
先生が心配そうに顔を覗き込み、その冷たい手のひらが俺の額に触れた。
「ひゃっ…!」
思わず変な声が出た。心臓が口から飛び出しそうだ。先生の手は驚くほど冷たくて、でもそれが逆に俺の体の熱を増幅させていく。
「うーん、熱はなさそうだけど…。ちょっとぼーっとしてるね。疲れてる?」
「い、いえ、そんなことは…」
先生の手が額から離れていく。その名残惜しさに、自分でも驚くほどがっかりしていることに気づいた。もっと、触れていてほしかった。
その時だった。先生がふっと、いたずらっぽく笑ったのは。
「もしかして、私のこと考えてた?」
「えっ!?」
図星だった。あまりにも的確に核心を突かれて、俺は固まる。先生はそんな俺の反応を見て、くすくすと楽しそうに笑った。その笑い声は、まるで鈴の音のように可憐で、俺の理性を少しずつ溶かしていく。
「冗談だよ。さ、集中して」
そう言って、先生は再び問題集に視線を落とした。でも、俺の目はもう、数式を追うことなんてできなかった。先生の少し開いた唇。その潤んだ艶やかさに、完全に心を奪われていた。
もし、今、この瞬間に、この唇にキスをしたら、世界はどうなってしまうんだろう。
そんな馬鹿げた考えが頭をよぎった瞬間、先生が不意に顔を上げた。視線が、絡み合う。時間が、止まる。
先生の瞳が、ゆっくりと俺の唇に落ちた。そして、また俺の目に戻ってくる。その一連の動きが、何を意味するのか。俺はもう、考えることをやめた。
気づけば、俺は先生の腕を掴んでいた。先生は驚いたように少し目を見開いたけど、抵抗はしなかった。むしろ、その瞳は潤んで、何かを期待しているようにさえ見えた。
ゆっくりと、顔が近づいていく。もう、後戻りはできない。
そして、俺たちの唇が、触れた。
最初は、ただ柔らかい感触だけだった。でも、すぐに先生の唇が応えるように、優しく俺の唇を挟んだ。甘い、とろけるような感覚。先生の舌が、そっと俺の唇をなぞり、そしてゆっくりと口内に入り込んでくる。
「ん…っ」
息ができない。思考が停止する。先生の舌が、俺の舌に絡みついてくる。角度を変え、深さを変え、まるで俺の全てを味わい尽くすかのように、貪欲に、そしてどこまでも優しく。それが、いちか先生のベロキスだった。
もう、時計の音も、外の喧騒も、何も聞こえない。この世界には、俺と先生の二人だけ。永遠にこのままでいたい。そう、本気で思った。
どれくらいの時間が経ったのだろう。ゆっくりと唇が離れる時、二人の間には銀色の糸が引いていた。先生の顔は真っ赤で、瞳は潤み、呼吸も少し乱れている。
「…ばか」
そう呟いた先生の声は、掠れていて、甘くて、俺の心を完全に壊すには十分すぎた。
これが、俺と先生だけの秘密の補習授業。この日のことを、俺は一生忘れることはないだろう。