(…これは、夢を追いかける美容師の彼女と、それを支えるあなたの、ささやかな愛の物語です)
「ただいまー…」
ドアを開けると、シャンプーのいい香りと共に、疲れ切った表情の彼女が帰ってきた。 僕の恋人、さき(22)。アシスタントからスタイリストになるために、毎日夜遅くまで練習に励む、頑張り屋の美容師だ。
「おかえり。お疲れ様」
そう言って彼女を迎えると、さきは「んー」と甘えた声を出して、僕の胸に顔をうずめてくる。これが、僕らの間の「お疲れ様」の挨拶だ。
「見てよー、また手、荒れちゃった」
彼女が差し出した指先は、シャンプーや薬剤で赤くなり、少しカサついている。 僕はその手を優しく取って、ハンドクリームを丁寧に塗り込んであげる。
「いつも頑張ってる証拠だよ」 「…〇〇(あなたの名前)の手、あったかい」
そう言って、僕の手にすり寄る彼女。 この瞬間が、僕にとっては何よりも愛おしい。
美容師の彼女との恋は、決して楽なことばかりじゃない。 土日はほぼ会えないし、平日の夜も帰りはいつも終電間際。
でも、僕は知っている。 彼女が、どれだけ真剣に、自分の夢と向き合っているか。 カットの練習台になった時、僕の髪に触れる、真剣な眼差し。 「絶対、最高のスタイリストになるんだ」と語る時の、キラキラした瞳。
だから、僕にできることは、こうして彼女の帰りを待って、ほんの少しでも、その疲れを癒やしてあげることだけだ。
「ねえ、お願いがあるんだけど…」
クリームを塗り終わった後、彼女が少し言いにくそうに切り出した。 「ん?どうしたの?」
「…明日のカットモデルさん、ドタキャンになっちゃって…」 「うん」 「…また、練習台になってくれないかな?」
上目遣いで、僕を見つめるさき。 そんな顔で頼まれたら、断れるわけがない。
「もちろん。俺でよければ、いつでも」 「やった!ありがとう!」
さっきまでの疲れが嘘のように、彼女はパッと笑顔になる。 そして、お礼を言うかのように、僕の唇に、そっとキスをした。
シャンプーの優しい香り。 そして、ほんの少しだけ、ハンドクリームの甘い香り。
唇が離れた後、彼女は僕の髪を優しく撫でながら、プロの顔で言った。
「…うん、ここの髪の流れ、もっとこうしたら、絶対カッコよくなる」
キスをした直後に、僕の髪質をチェックし始める。 これも、彼女の愛すべき「職業病」だ。
「もう、仕事熱心なんだから」
僕は、苦笑しながら、もう一度彼女を引き寄せた。 今度は、さっきよりも、もっと深く、長いキス。
僕らの深夜レッスンは、いつもこうして、甘いベロキスから始まるのだ。